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2012/06/09 (Sat) いちばん東のヨーロッパ 【20日目】

2011/9/8(木) 晴れ/くもり 25℃ 

7:20 目覚まし。よく眠れたー!と言いつつ二度寝。
8:20 起床。あれれ、なんか電気が点かない…。
9:10~40 3Fで朝食。白チーズと黄色いチーズの両方が載っているので味の違いがよくわかるシンプルなメニューだった。
(この日本では見かけない白チーズ、トルコでもブルガリアでもかなりポピュラーでサラダなどにはかかさず登場する。気になって後日調べたら、凝固に羊のレンネットを用いているようで、トルコ以西のヨーロッパにかけて見られるチーズだそうだ。ちょっと酸っぱいけどしっとりホロホロした触感が慣れると美味しくて、私はハマってしまった。)
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10:10 街歩きに出発。
さっき電気がつかないことを宿の女将さんに伝えに行ったら、すぐに部屋の電気系統を見てくれる。どうやら夜のうちにブレーカーが落ちてしまったらしくブレーカーを上げたらすぐ復旧した。「Excuse me! Sorry!」って真剣に何度も言ってくれるので、こちらも恐縮して大丈夫、大丈夫と伝える。本当に感じのよいおばさんだ~。

今日は町の中心のほうへ。
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ちょっと交通量の多い道路から、なんだか素敵な雰囲気の通りに入ったと思ったら、そこが気になってたサモヴォドスカタ・チャルシャという職人街だった。職人街とは言え、今では観光化されているので、雰囲気はややこなれた感じではある。
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民族衣装やブルガリアの名産であるバラ製品を扱うお店も多い。
が、私はまたもや古道具屋に惹かれてフラフラ入店。中から出てきたおばちゃんに、「何かお探し?」と尋ねられ(たような気がしたので)、一生懸命考えてロシア語で古い本とか絵葉書とか言ってみたら通じた。どさりとファイリングされたものを渡されるのでじっくり吟味。さすが観光化されてるだけあって、状態は良いがその分値段も高い。せっかく出してくれたしとヴァルナの古い絵葉書を一枚だけ買う。
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他にも、埋もれそうなくらいの古道具が積まれたお店なども気になるが、こちらはアイアン系というか、軍の払い下げ品の制服、水筒、剣、時計、顕微鏡、人形、宝飾品など嵩張るものがメインだったので、さっと見るだけにしておく。タイプライターが素敵。

チャルシャを出て、メイン通りに合流。
商店を見かけたので飲み物を買っておこうかと入ったら、入口の棚に見覚えのあるスナックを発見。日本でいうコパンみたいなお菓子なのだが、味付けが最高で、ウクライナで買った4種のチーズ味に魅了されたので、他のと合わせ2種類ゲットする。
ルンルン気分で商店のドアを出たところで、正面からやってきた中年男性に声をかけられた。ホテルの客引きのようだ。今のホテルの予約が2泊のみで延泊を考えてたところでもあり、念のため値段を聞くとシングルの最安で25レバとのこと。

12:00頃 街をほぼぐるりと一周して、ブルガリアの広場。
インフォメーションがあったので、昨日気になったトリャブナへの行き方を尋ねると、バスは出ていないので電車だという。すぐそばに電車のリラ(切符カウンター)があるので、そこに行ってみてと言われる。行ってみるとちょうどお昼休みで、クローズの看板がドアにかかっていた。
うーん、じゃあ私もお昼にするか。
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ちょうど側にSUBWAYみたいなサンドイッチ屋さんがあったので、そこでツナサンドを買ってテイクアウト。どこか座って食べられる場所をと思いつつ、人の流れに乗って歩いていくと大きな公園らしき場所(ひょっとしたら大学?)へたどり着いた。
読書したり、だべっている人々のそばで、私も木陰でランチにする。
肝心のサンドイッチの味はというと、お世辞にも美味いとは言えなかったが。
帰りがけ、入口のそばにあった文房具店でA5ノートを購入。日本から持参した旅ノートがもう埋まりかけていたので探していたのだ。
お姉さんが「袋はいる?」と聞くので、いらないという意味でついつい首を横に振ってしまい、袋に入れようとするのを見て慌ててNo、No!と訂正。お姉さんも私の間違いをわかってくれたようで、二人してちょっとはにかみ笑い。なかなかややこしいな~。

さて、戻ってリラ。観光客にも慣れているようでスムーズに英語で応対してくれ、トリャブナへの列車時刻は紙に書いてくれた。予想通り本数がかなり少なかったので朝一で行動するしかなさそうだ。切符をその場で購入しようとしたら、ローカル列車のためか当日駅で買えば大丈夫と言われる。


さて、もうひとつの気になる場所、アルバナシへの道筋を立てよう。
ガイドブックによるとバスが出ているらしい。今日はほかに予定もないし、町散策ついでに乗り場を確認しに行くことにした。
14:00頃 マルノ・ポレ公園を通り抜けつつ、ヴァシル・レスフスキ通りへ。
なんせ縮図の大きい地図一枚が頼りなので、バス停の位置もなんとなく見当がつく程度。さっきから何台か白いミニバンが停まっていて人だかりができている一角がとても怪しいと踏むが、何の看板もなく確認のしようがない。一体どれがアルバナシ行きだろう。
近くにいたおじさんに訊いてみると、やはり乗り場はあっていた。ただ、その人もアルバナシに行くわけではないので、きちんとした発着時間は知らないらしく、とりあえず待っていなさい。来たら教えてあげるから、と言われてやんわりと待機。おや、今日このまま行っちゃうんだっけ?
待つこと30分。一向に来る気配がない。もしかしたら今日の便は終わってるっていうこともあり得るかも…と思い、教えてくれたおじさんとおばさんにお礼を言って、明日また出直してくることにした。

ホテルへの帰り道、途中の文房具屋さんと、露天で寄り道。
道端にズラリ並んだ良い感じに日焼けした古本が気になり、ガンジーみたいなおじさんが店番しながらランチしようとしているところにお邪魔してしまった。ランチしようとしてたおじさんは、私が日本人だとわかると、埋もれた本の山から一冊のペーパーバックを取り出してきた。ブルガリア語表記をなんとかロシア語読みで判読するに…んん? 阿部公房『他人の顔』!? 
まさかこんなところでその名を目にするとは吃驚だ。
ガンジーの情熱に敬意を払いつつブルガリア語は読めないのでと丁重に断ると、代わりにレトロな挿絵がかわいい児童書などを数冊出してきてくれ、ひとめぼれでそちらを購入。ああ、また荷物が…。

寄り道ついでに、アイススタンドの量り売りアイスの誘惑に負けて、食べながら帰る。2つのフレーバーを入れてもらったんだけど、中身と味がしっかりしててかなり美味しかった。幸せ~。

15:00すぎ 宿に帰着。暑いし、さすがにちょっと疲れた。
ノートまとめ、回想、休憩。
まだブルガリア語が「ダー」(Yesの意)くらいしか使い慣れてないから早く使える言葉を増やしたいな。もっとコミュニケーションがとりたい。

19:00頃 部屋のWI-FIがうまくつながらなかったので、フロントに行って、ロビーのPCを使わせてもらう。天気チェック&メールチェック。その様子を見ていた女将さんからチョコレートのお菓子の差し入れ。何かのお祝いの日かなにかで、教会で子供たちにお菓子が配られるんだそうだ。少し世間話していたら、女将さんの娘さんと私の年齢がとても近いことが判明。道理でお母さんぽいはずだ。
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21:00頃 シャワーと洗濯。

0:10頃 就寝。明日はどこへ行こう。


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・旅代(食・交通・観光) 9leva
・その他(買い物) 16leva
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1leva ≒27円

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2012/05/30 (Wed) いちばん東のヨーロッパ 【19日目】

2011/9/7(水) 雨のち晴れ 

さて、レストラン騒動の末ようやく目指す列車に乗りこみ、ブカレストで国際夜行列車に乗り継ぎ、眠れないままのぼんやり頭で深夜の国境を越え、ブルガリアへ無事入国したところからのつづき。

5:00前 乗り換え駅ゴルナ着
まだ日も昇らず外は真っ暗な中、蛍光灯だけが白々と光るホームへとおそるおそる降り立つ。何も余計なもののない無機質なコンクリート造りのホームには、ほかに2~3人の乗客がまばらにいるだけ。これから乗り継ぐ予定のローカル列車は朝7時過ぎの発車である。さて、どうしたものか。
改めて辺りを見渡すと、階段が目に入ったので降りてみた。
ちょっと薄暗かったが、そこはホーム同士をつなぐコンコースになっており、そのまま奥に歩いていくと天井の高く開けた駅構内へと出た。切符を買う窓口や、電光掲示板、階上に待合室などもある。深夜というか未明にもかかわらず2つの窓口にはそれぞれ係員のおばさんがいた。切符の自販機がない以上当たり前なのかもしれないが、それが私にはなんだかやけに心強い気がしたのだった。
階上の待合室よりも人がいて目が届きそうという理由から、窓口の向いのベンチで電車を待つことにする。腰を落ち着けると途端に急激な眠気に襲われる。それにしてもさっきからやたらハエが多くてまさに五月蝿い。
眠いが爆睡するわけにもいかないので、予習の足りてなかったブルガリア語教本を取り出し、いまさらの重要単語確認&あんちょこ整理をすることにした。

6:30すぎ ふいに駅構内の照明が消え、外に目をやると朝焼けのグラデーションになっていた。
電光掲示板で発車時刻を手がかりに自分の乗る列車を探すが、同じ時間が二つあり悩ましい。掲示板の各項目の意味がさっぱりわからん。そこでまたブルガリア語教本。コロボース=「番線」か、ふむふむ。そこで窓口のおばちゃんに自分の切符を見せて、どの番線か訊いてみる。なんとか4番線らしいことを確認できた。
移動の前にひとまずトイレへ。トイレは有料なのが一般的で、入り口にたいてい係りのおばちゃん(たまにおじちゃんのこともある)がいて、決められた料金と引き換えに紙を渡されるというシステム。・・・なのだが、レストランの一件で手持ち金ゼロの私。ドキドキしながら覗いてみると、ラッキーなことに係りのおばちゃんはまだ出勤前でした。

7:00 4番線に入線していた列車に乗り込む。
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しかし向かいの列車も同時刻発車で、また不安がよぎった私、念のため近くにいた人に「イズビネテ(すみません)」「ヴェリコ・タルノヴォ?」と行き先を確認。するとその人は「ダー」と答えつつ首を横に振る。あれれ、間違ってた!?と思うも、2秒後、そうだったそうだった!と一人合点。首を横に振るのがブルガリア流の肯定の合図なんだったとどこかで読んだのを思い出す。ブルガリアは首を振る方向がYES・NO逆なのである。
一安心し、そばのコンパートメントの扉を開けようとしていると、隣から10代後半くらいの男の子が顔を出して「ヴェリコ・タルノヴォに行くんでしょ。ならこっちに来て一緒に座りなよ。」っていう感じで自分のいたコンパートメントに招き入れてくれる。そこにはもう一人男の子がいて、一瞬やや警戒するも、二人の無垢な笑顔に負けてご一緒させてもらうことにした。珍しい外国人の女の子に興味津々のいい子たちなんだってわかるまで、そう時間はかからなかった。

席につくとお決まりの質問タイムスタート。どこから来たの?とか、名前は?とか、いろいろ訊かれたんだけど、私のブルガリア語ちんぷんかんぷんなことと言ったらもう滅茶苦茶・・・。わからないのがちょっとした単語とかそういうレベルじゃないので、もう目も当てられない有様なのだ。「ちょっと書くもの貸して」と言われたときなんて(これも結局ジェスチャーからの推測だが)、「ペン」ていう単語さえ知らない私に、何回も言い直したりジェスチャーしたりと、何とか伝えようと辛抱強くわかるまで数分間も悪戦苦闘。でも、それでもコミュニケーションを図ろうとしてくれるのがすごく嬉しかった。たぶん、とっくにあきらめてほっとくのが普通なんじゃないか。
そんな苦戦しながらも、私もさっきおさらいしたばかりのカタコトを組み合わせて、彼らは兄弟ではなく友達で、学生ではなくこれから仕事に行くところ、っていうのを理解。名前は聞き取れなかったら、紙に書いてくれた。
私のほうはやっと今日の朝ブルガリアに来たばかりだ、とか。仕事ではなく旅行で、などをなんとか伝える。

7:40 そんなこんなであっという間にヴェリコ・タルノヴォ着。
彼らは列車から降り立つと、じゃあね!と線路を越えて町への近道らしき雑草の中の細道に分け入り、姿を消していった。
私はというと、地図を片手に川を越えて蛇行する町へのメインルートをてくてく歩くことにする。ここまででだいぶ荷物が軽くなってたようで(体感11kg)、朝の涼しい風を感じながら、登り坂でも意外と足取りは軽い。
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8:10 ゆっくり途中写真取りながら歩いて、町の中心となるブルガリアの母広場へたどり着いた。日が照りだして少し暑い…。
この周辺に銀行が多く集まっているため、そのまま銀行のオープンを待って開店と同時にレバに両替する。これでやっと水も替えるしトイレにも行けるー♪と安堵しつつ、町外れのほうにあたるホテルへ。
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9:00頃 ホテル到着。
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まだチェックイン時間前なので、荷物だけ預けるつもりだったが、フロントに出た優しそうなまなざしの女将さんに、身振り手振りでプライベートジムコーナーの洗面所に案内され、よかったらここ使ってね、と気遣ってもらう。(それだけ私がやつれてたのかもしれないが・・・実際、朝の洗面もできてなかったので本当に助かった。)
そして、ちょっとすっきりして身支度も整えたら、いざ出発!
また15時くらいになったら戻ってきてねーと女将さんに見送られつつ、まずは前方に城塞跡の見えるツァレヴェッツの丘へ向かう。
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------ここヴェリコ・タルノヴォは、私の中ではブルガリアの中で一番に訪れたかった場所だった。かつての第二次ブルガリア帝国時代の首都だったということもあり、今に残る町全体のクラシックな雰囲気に惹かれたのに加え、町の大きさも手ごろで歩いて散策ができそうなのが決め手。
地図で見ると、やたら道が曲がりくねって細かくて入り組んでいて、どんな様子なのかさっぱり想像できなかったけれど、実際歩いてみたら起伏に富んでいて石畳の道路や路地裏の緑と猫たちや、走る抜ける車のレトロさとか、いろんな魅力がたくさん詰まった想像以上に素敵な町だった。


チケット売り場前の売店で、朝食用に飲み物とサンドイッチを買う。
入場券は6レバ。

風の吹く丘、って確かにこういうイメージだよな、という物語性を感じる丘でした。
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途中の石段に座って朝ごはん。
ちょっと苦味の効いてるレモンソーダが美味しい。
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11:30頃 教会や、かなり風化している遺跡の残骸などを一通り見てまわり、のどかな人気のない奥の木陰でひとやすみ。あまりに平和すぎるので、今までの長旅の疲れが一気にでて、むしろ一眠りしそう…。。
私に続いてやってきた英国人らしき老夫婦も近くに腰を下ろして小休憩している様子。これならヘンな人に襲われる心配もなさそうかもー。
と、いよいよ睡魔に負け、体育座りのまま少し微睡んでしまいました…。

30分後 このままだと本気で眠ってしまいそうなので、次の暫定目的地を近くにある博物館に定めて出発。やってきたのは民族復興期博物館。入場料6レバ。
あまり予備知識なしに行ってみたが、オスマン朝の総督邸だった屋敷を利用した木造2階建ての博物館で、古い写真から、農具から武器から民族衣装から、レトロカメラコレクションの部屋あり、イコン画の部屋あり、歴史的文書の部屋ありと、多岐に渡るジャンルの膨大な資料が展示してあり、じっくり見て回るとかなりの見ごたえ。気づくと2時間経過してました。
中でも、19世紀頃のヴェリコ・タルノヴォや近郊の町並みを撮った写真が、とても素敵で釘づけになってしまった。キャプションにある地名を判読するに、トリャブナ、とかアルバナシという場所らしい。ここから近くなのだろうか。もし行けるならぜひ行ってみたい。
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もう15時近くになっていたので、ホテルに戻ることにする。
途中、売店かスーパーを探してミネラルウォーターを買わなくちゃと思っていると、目に留まったのはアクの強そうな骨董屋。実は行きにも通りがかりに気になっていたのだが、まだその時はオープンしていなかったのだ。今はその店の扉は往来に向けて開いていた。
えいや。
と吸い込まれるように扉の中に足を踏み入れた。
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床から天井までありとあらゆる骨董品というかむしろガラクタで埋まった店内の、奥の方にこれまた雑貨でほとんど埋まりかけたカウンターがあり、座っていた店主のオヤジが顔を上げてチラリとこちらを見た。既に気になる何物かを手に取っているところだった私に、オヤジは「まあ、よかったらここに座ってゆっくり見なさいな」とカウンターの内側、自分の隣を荷物をどけて腰かけられるだけの場所を開けて言う。ちょうどアルバムに挟まれたバラの絵葉書を見ようとしていたので、おずおずとそれに従うことにする。
途中、西洋人カップルがひやかしに来たくらいで、あとは二人きりである。ちょっと緊張しながら、でも気になるものは気になるので、じっくり品定めしつつも、オヤジの動向を伺い作戦を練る。
見終えてから欲しいものをピックアップし、それぞれ価格交渉に入る。案の定、オヤジはかなりふっかけてきた。正直これでは全く話にならない。私の予算からするとゼロが一つ多いのである。
で、すったもんだあって、やはりプロには敵わないわ、と諦めて帰る動きを見せると、ちょっと焦ったオヤジは「まあ待て。いくらならいいんだ」と引き留めてきたのでもう一度交渉再開。初めに価格を書いた紙に、どうしても欲しいものをまとめていくらで、これが私の上限だ、と伝える。それで一つおまけをつけてもらいなんとかまとまった。
私が欲しかったのは主に昔の配給チケットなどの紙モノで、相場がまったくわからなかったので結局それでもかなりボラれてるとは思うが。まあいろいろと胡散臭い話を聞いたりと楽しかったので良しとする。
オヤジのほうは、まだいろいろと話足りなかったようで、「また遊びにおいで。今度こそお茶しよう。」と笑顔で見送ってくれた。(コーヒー勧められたが用心して断ったので)

15:30 ようやくホテルに正式チェックイン。
一階で通行量の多い通りに面してるので、少し騒音が気になるが、部屋はとても綺麗でいい感じ。電気ケトルとお茶のセットがあるのがかなり嬉しい。格安で予約できていなかったら予算オーバーだった宿。
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トイレットペーパーが可愛いすぎる!!

ひとまずシャワーを浴びてすっきりする。
洗濯、日記、明日の予定など考えつつゴロゴロ。

19:30 疲れていたので、今日の夕飯は近くの商店で買ってきたアイスと、残ってたルーマニアのソルティークッキーで。

少し静かになった外が気になり、窓を開けてみると、右手前方に見えるツァレヴェッツの丘で教会がライトアップしており夜景が美しかった。夜の散歩をしているカップルなども、よく私の部屋の前あたりで歩を止めて、景色に魅入っていた。
ブルガリアの第一夜はゆったりと更けていった。

21:40 まだ早いけれど、今日は早く寝よう。



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・宿代2泊分 60leva
・旅代(食・交通・観光) 22leva
・その他(買い物) 40leva
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1leva ≒27円

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2012/04/05 (Thu) いちばん東のヨーロッパ 【18日目 -後篇-】

【つづき】

特にコメントないようなので更新しちゃいます。
レストランに入ったところからのつづき。
なるべく冷静に振り返りつつ、一部言葉遣いは改めつつも状況が伝わるよう客観的な描写に努めます。が、あんまり自信ないなぁ。

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まず、ドアをくぐった途端、若干店員さんの視線が冷たく突き刺さるのを感じた。
確かに、今の私の格好はお世辞にもフォーマルとは言えない。
というか雨仕様に着替えたため、私のワードローブの中でも最上級にアウトドアファッションであった。
しかし、ここでめげていてはルーマニア最後の夜を美味しいチョルバ・デ・ブルタを食べ収めるという目的を叶えることはできなくなってしまう。
ここは気にしないことだ。
と瞬時に自分に言い聞かせて、その女性店員さんにメニューを見せてもらう。
お目当てのチョルバ・デ・ブルタは見つかった。値段もそこまで高くなく、さりげなく見回すとお客さんもそこそこのカジュアルな格好の人が目に入ったので、場合によっては別を当たろうと思っていたが、そのまま席に案内してもらうことにした。

メニューをじっくり吟味してから、予算(残金40レイ)も踏まえて、
チョルバ・デ・ブルタを筆頭に、たまには魚もいいかなとトラウトのグリルとカプチーノを注文する。
これで32レイくらいになる計算だ。
あとで駅の売店でお水とかトイレに行ったりするのに小銭は残したいから、これでちょうどいいくらいだろう。

一息ついて、しばし待つ。
わたしの向かいのテーブルには、家族団らんといった感じの40代の口髭の男性とその妻、10歳前後の男の子と女の子が座って、料理を囲んでいる。
入口を挟んで、大きく左右にテーブル配置が分かれており、私の座った左サイドは女性店員が、右サイドはもう一人いる男性店員がそれぞれウェイターの担当になっているようだ。
まだあまり混んでいる時間帯ではないが、女性店員は忙しいのか、あまりフロアーに姿を見せず、さらにアイコンタクトが通じないので、つかまえるのにやや苦労した。

しばらくたって、最初にチョルバ・デ・ブルタが運ばれてきた。
うん、美味しい。やっぱり最後に食べておいて良かった。

そして、次にトラウトのグリル。
注文したときに、なんとなく焼いた魚だなってことしかわかってなかったのだが、シンプルな鱒の焼き物で、レモンが添えてあり、なかなかさっぱりしておいしそうだ。
で、食べようとしてカトラリーに目をやり、あれ?と。
ナイフの形がなんかヘン。
かなり小ぶりなこの形って、どう見てもバターナイフだよね?
そこで私は、ルーマニア語の本を片手に店員さんにナイフはありますか?と伝えた。
すると予想に反して、そのお姉さんはかなり困惑した様子でこれはナイフです、というようなことを言っている。
これに私も困惑。ますますチンプンカンプンになって、英語に切り替えるが英語はあまり得意ではないようで、お互いうまく意思の疎通ができないまま、何回か同じ単語を繰り返したりして苦戦。
やがてついに伝わらないのに業を煮やしたお姉さん、後ろのカトラリーコーナーからガシャガシャと荒々しい音を立てたかと思うと、大き目なナイフを一本持ってきて、「これでいいんでしょ!」的な捨て台詞を吐くと、私のテーブルにダン!!と置いて去って行った。
・・・
なんだ、なんだ!?
何が悪かったんだ!?
ていうか今の態度は何なんだ!?
とりあえずナイフは持ってきてもらえたけど、なんかさっきそういえばフィッシュナイフって言ってたような…
てことはこれってもしかしてバターナイフに見えたけどフィッシュナイフだったのかな…
でも私の知ってるフィッシュナイフってもうちょっと皮が切れそうなギザギザが付いてたんだけど…
うーん、でもこういうデザインのもあるのかも…
ヤバイ。だとしたらちょっと恥ずかしいなぁ…
でもそれにしたって、もう少し伝え方とか態度とかいくらでも他に仕様があるよねぇ。
・・・
ていう心の中の声がモヤモヤと忙しなく上がってきている間に、ふと顔を上げてみると、
向かいのテーブルの家族連れが今のやり取りを見ていたらしく、こちらを見てひそひそ話しているのが目に入った。(イライラ)
私が気づいたにも関わらず、その髭オヤジはさらにジャポン、ジャポンと言いながらこちらを見てニヤニヤしている。そしてそれを聞いている妻も乗じて、こちらをバカにしたように笑っているではないか!(イライライラ)
あのー、それ、ルーマニア語だからわかんらないと思っているだろうけど全部こっちに伝わってるんですけど!という思いを込めて咳払いする私。
いっこうに態度を改める様子もない髭オヤジ。
そこへお皿を下げに来た女性店員、髭オヤジは彼女に、「さっきは災難だったね。あの日本人はまったくなってないね。」というような言葉をかけ、二人してこっちを見ながら「全くだわ」というように笑った。

私キレた。

席を立った。
トイレに入った。
意味もなく水を流して手を洗ってみた。
ついでに口を漱いでうがいもしてみた。
鏡を見た。
かなしくなった。
以前、私は怒りを抑えに抑えた結果、血圧が上がって呼吸困難になったことがあった。
ここで、ルーマニアで、このレストランで、そういうことになるわけにはいかなかった。
とりあえず深呼吸した。
他に誰もいなかったので、ため込んでいたイライラを言葉にして小さく出してみた。
もう一回深呼吸した。
レストランでお金も払って、なんでわたしはこんな嫌な目にあわなくちゃいけないんだろう。
席に戻ったら、お会計してもう出ようかな。
そのほうがいいよね。
あぁ、こんなときに一緒にムカつくね、って言える人がいないのはツライな。
でも私は一人なんだから、自分ひとりで気持ちの切り替えもできなくちゃな。
もう一回深呼吸した。
鏡を見た。
気合いを入れた。
席に戻った。
まだ前にいた、髭オヤジを一度睨んだ。

さっきの店員を目で探したが、なかなか姿を見せず、代わりにわたしのただならぬ雰囲気を察知した右側担当の男性店員がやってきた。
彼がちょっと心配そうな顔をして、ほとんど食べ残したトラウトを下げながら、カプチーノ?と聞いてくれるので、ちょっと救われた気持ちになり、素直にお願いすることにした。
(実はこれがまた致命的だったのだが)

少しして彼が持ってきてくれたカプチーノを飲んで、気持ちも少し落ち着いてきた。
味は覚えてないけど、たぶんちゃんと美味しかったんだと思う。
飲み終わってすぐに、お会計をお願いすると、また女性店員のほうがやってきた。
そして、置かれたお勘定を見て、固まる私。
なぜに合計金額が41.1レイなのよー!!
よくよく見ると、トラウトの値段がメニューで確認した値段よりも高く表示されていた。
11×2 22レイ
となっているのだ。
絶対におかしい。
トラウト一匹しか食べてないし。

もうその店員には関わりたくなかったけれど、黙ってはおけないので
なぜこれは×2なのかと問う。
するとメニューの価格は100gあたりの値段だからだという答え。
「あなたが食べたトラウトはこーんなに大きかったでしょ。あれが100gなわけないじゃない」
とまたこちらの神経逆撫でな態度で説明してきた。
だったらぴったり200gなわけもないだろう、始めからメニューに一匹あたりの値段を載せやがれ、この●●!!
と私は大いに苛立ち、もうこの店員とこれ以上口論するのは嫌だったので、レイが余ってしまうが足りないんじゃ仕方ない、とクレジットカードを出した。(正確にはテーブルの上にバシッと叩きつけました:笑)
すると「機械が壊れているので、今はクレジットは使えない」と驚愕の返答。

思わず
はぁっ!?
と日本語で叫びましたよ、私。
続けて、
なんじゃそりゃ、そこの入口にV・I・S・Aってシールが貼ってあるだろーが。使えないなら使えないって初めに言いなさいよ、ちょっと!
というようなことをほぼ日本語でVISAのことだけ大きな声ではっきりと発音しながら、シールを指さして猛抗議。
怒りは怒りとして、現地語でなくても英語でなくても必要な場合にはきちんと自分の言い分を主張すべし、とは前回トルコ旅の経験からも学んだこと。
日本じゃ絶対見せないその私のキレように、これは手におえないと思ったらしく、彼女は一旦奥に下がると別の若い女性店員を連れてきた。
それが思いのほか若い女性だったので、一瞬こういうときは責任者じゃないのか?と思ったが、話してみると彼女の方が英語ができるのと、それ以前に分かり合おうという基本の接客姿勢はきちんと持ち合わせている人だったので、口論しながら徐々に私も冷静に。
クレジット読み込みの機械が壊れている点に関しては、ちゃんと非を認めてお詫びしてくれた。
トラウトについては、わたしも事前に確認したわけではないので仕方ない。
ほんとうは彼女の態度に関してが一番の私の怒りポイントなのだが、それについてはうまく説明できる自信がなかったのでなにも言わなかった。
そして何より今一番問題なのは、クレジットが使えず支払いは現金のみなのに、手持ちの現金が足りないということだ。
そうこうしているうちに乗らなくてはいけない列車の発車時刻は迫っていた。

うああどうしよう。焦ってもうわけわからなくなってきた…!!
私がテンパりつつ列車のチケットを見せて事情を説明すると、話のわかる彼女は、とりあえずいくら持ってるの?と聞いてくれ、私は持っている小銭も含めておさいふひっくり返してすべてをテーブルへ。
数えてみたら足りないのが1レイであるのが判明。
もう郵便局も閉まってるから両替もできないし、ユーロでも支払い受け付けられないっていうんだからしかたない、その有り金全部でOKってことにしてくれました!
わー、とりあえずよかった。
さあ、走れ走れ!
ハナシがまとまるや否や、私はまるで食い逃げ犯のように荷物を担いでフル装備で、雨上がりの滑りやすい石畳のメインストリートを駅に向けて一直線に猛ダッシュ。
ギリギリ発車3分前に駅に到着すると、もうホッとするやら笑えるやら、また怒りがこみ上げるやら。

19:00 時間通りにやってきた列車に乗り込み、席に着くと、またさっきまでのやり取りが浮かんできて、心の中の揺れが激しかったです。
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ホテルANNA MARIAでの出来事から振り返ってノートをまとめながら、ああ今日この幸せな時間がなかったら、私今頃めっちゃ泣いてたな…と思いました。
それがなかったら、シナイアでの思い出がかなりマイナスになってたはず。
やっぱり人との出会いは一番心に刻まれるものだと実感。

ていうか私、有り金全部おいてきちゃって、この先ブルガリア入国して両替するまで水も買えないんだけど、どうしよう…。
一応、予備の水一本入れといてよかった。
まだこの先、乗り換えもあるし、道中長いんだよね。

22:03 そろそろ乗り換えのブカレストに到着予定時刻のはず、と思っていたら運行が遅れていたらしく、まだまだ先だった。
あやうく全然違う田舎の駅で降りかかっているところを、親切なおばさんと女子学生さんのおかげで助かった。
降りてたら取り返しがつかなかったよ。

22:45 約一時間遅れでブカレスト到着。
とにかく首都は人が多いし、治安も良くなかったりするのでドキドキする。
構内はマクドナルドとか、軽食、雑貨などのお店も多く賑わっていたが、私はどうせなにも買えないので、無駄に歩き回らず乗車番線が出る電光掲示板の近くで待機する。

23:00 入線番号が出たので、ホームに移動。
モスクワ→ソフィア行きの長距離夜行列車だ。
夜行だから寝台列車だと思い込んでいたが、なんと私の車両は2人掛けタイプの普通席だった。
日本でいうちょっとボロイ特急列車くらいの座席。
私はブルガリアに入国した直後の途中駅で下車するが、終点ソフィアまで行くのにこの座席ではきつそう…。
私の周囲は、夏休みのヨーロッパの学生さんらしきグループが多くて和気藹々としているので、その点はまあ安心。
でも照明を落としてくれないので、結構眠れない…。
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1:00すぎ ルーマニア出国
係員が回ってきて順番にスタンプを押してくれる。

2:00すぎ ブルガリア入国
係員が回ってきて、行先などを簡単に質問。スタンプを押してくれる。
たいていが行先を「ソフィア」と答える中、私が「ヴェリコ・タルノヴォ」と答えると、女性係員はちょっと意外という顔をした。


5:00すぎ 乗り換え駅のゴルナで下車。
到着前に、車掌さんが次だよ、と教えに来てくれた。

降りてみると、まだ日も昇っておらず、周りは真っ暗。
マイナーな駅なので、ホームにも人気がなくとてもさみしい。ちょい不安。
さて、乗り換え待ちの2時間強、これからどうしよっか。
M0015031[1]
↑乗ってきた列車
M0015032[1]


------------------------------------
・宿代 
・旅代(食・交通・観光)100Lei 
・その他(買い物) 
------------------------------------
1Lei ≒27円


【9/7へつづく】

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2012/04/03 (Tue) いちばん東のヨーロッパ 【18日目 -前篇-】

2011/9/6(火) くもりのち雨 21.4℃ 

8:00 目覚まし
9:20 起床
10:00 共同キッチンでのコーヒーサービスをもらいに行ってきて、手持ちの軽食で朝ごはん。
10:40 チェックアウト。

今日はついにルーマニア滞在最終日。
既にチケット購入済みの19:04発の夜行列車で、明朝にはブルガリアへ入国するつもり。
なので、列車の時間に間に合うよう、今日はこれからシナイアの主要観光スポットである2つのお城見学をし、時間があれば昨日行けなかったプチェジ山へもケーブルカーで登ってみたいなと思っていた。
メインザックはホテルで預かってもらい、まずは徒歩で町の中心へ向かう。

11:00ごろ メインストリートから公園の裏手を抜けて、再びシナイア修道院へと続く裏道へ。
M0014806[1]

そこから分岐する石畳で整備された道が、ペレシュ城に続く森の中の道だった。
観光シーズンも終わりかけの時期だからか、歩いている人はまばらだが、両サイドは露店が立ち並び、森の中だけど一人歩きでもそんなに寂しくない感じ。途中、クランベリーのようなもぎたてベリーが小さなかご盛りに惹かれたり、手作りのモフモフ毛糸ルームシューズが気になったりしつつ、ハチミツをかためて作ったファッジのようなお菓子を買っただけでどうにか露店を通り抜ける。(手持りレイが残り少ない…)
M0014825[1]

M0014826[1]

M0014824[1]

M0014832[1]

12:00ごろ 森の中を抜け、目の前に綺麗なお城が登場!!
看板によるとどうやらこれがペレシュ城らしい。

M0014835[1]
ガイドブックによると、もう一つペリショール城というお城も近くにあるらしいので、もう少し奥まで歩いてみることに。10分くらい歩くと、何やら素敵なたたずまいの建物が出てきたが、どうやらそちらは城ではなくホテルのようだ。また左手に分岐があるので、そちらにも足を延ばすが、やはりホテルだった。
残る道をやや右手のペレシュ城方向へ歩く。
するとようやく出てきた小ぶりな建物がペリショール城でした。
しかし、残念ながらこの日は休館日で入場できず。
近づいていくとすかさず潜んでいた(?)警備員がにこやかに出てきて止められたので、外観だけ撮影してすごすごと戻る。

ペリショール城
M0014869[1]


さて、戻ってペレシュ城。
さっそく入場チケットを買いに窓口へ行くと、なにやら料金区分がたくさん…。
英語の表記でなんとか解するに、コースの内容と所要時間がいろいろ分かれているようす。
違いがイマイチわからなかったので、とりあえず無難に一番安いスタンダードコース(20レイ・所要45分)のチケットにしてみた。人数がまとまってから、そのグループごとに案内人がついて場内を回っていくシステムで、英語での案内は12:50からだと言われる。待っている間、庭園で人間観察&ノート記入。
M0014879[1]

12:50 で、入口に戻るともう英語グループは入城しているではないか。ちょっと待て!
私も慌てて入城。もー、アバウトなんだから。
見学者はまず入口ロビーで荷物を預け、シューズカバーを付けさせられる。
これで準備完了。
M0014907[1]

 
ルネサンス、バロック、ロココ調の3様式が取りいれられた城内はとても豪華で華やか。
1875年にルーマニア王室の夏の離宮として建てられたお城だそうだ。
入口から大広間に出た瞬間に、一気に中世ヨーロッパに迷い込んだ気分になる。
こんなの映画のセットの中だけしか見たことないよ!というような武器やら調度品やら楽器やら甲冑やらがわんさかと出てきて、庶民には目がクラクラするよ…。
本好きだった王妃が長い時間を過ごした書斎には、秘密の扉が付いていたりとか、本当にそういう仕掛けってあったんだなぁとびっくり。
素晴らしすぎて、入城して間もなく、写真を撮れるチケットを買わなかったことを烈しく後悔しだす私。
見学も後半に入るころには、もう一回チケットを買ってでも、これを写真に収めないことにはもっと後悔するだろうと再入場を決意。だって、もう二度と来る機会はないかもしれないんだし。

45分後…スタンダードコースの見学を終え、城から出てきた私は即座にチケット売り場へ。
窓口のお姉さんに、とても素晴らしかったのでどうしても写真撮影したいんです。撮影料は払うのでもう一度入城することはできませんか?と熱く訴えてみると、ちょっと考え込んだのち、「私じゃ判断できないんだけど」と言って、案内係の方へ電話。どうやら話をつけてくれたようで、なんとOK! ダメ元で言ってみて良かった。入口で言えば大丈夫だから、とのこと。

そして二回目の城内。説明はもう聞いているので、さっき撮りたかったモノや場所でひたすら撮影に没頭。
二度目でもやはり素晴らしいものは素晴らしかった。
もし、また来ることがあったら、今度は迷わず一番長いコースだなと思いつつ。(笑)
(ちなみに所要3時間で70レイくらい。城内の見学できる範囲が広くなる)
M0014906[1]

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15:00 そんなこんなで大満足しつつ、城を出て下山。
予報通り、なんだか天気があやしくなってきた…と思っているうちにポツポツと雨が降り始めたぞ。
こりゃいかん!とピッチを上げるが、宿のかなり手前で本降りになってきたので、仕方なくメインストリート沿いのショッピングモールの軒先へ退避。すると瞬く間に雷を伴うどしゃぶりになってしまった。
間一髪。
地元の人たちも上着をかぶりつつ、雨宿りに集まってきた。
まだ降り止む気配はない。
私はさっき途中で買っていてアップルパイを食べ、ひとまず小腹を満たすことにした。

15:30 雨宿り仲間はいつのまにか8人に。
雨どいから落ちてくる水が、洪水のようだ。
メインストリートも誰も歩いている人がいなくなっていた。
残念だが、今回はプチェジ山はあきらめるしかなさそうだ。逆に登ってから大雨じゃなくて良かったのかも。ずぶ濡れはそのあとツライもんなぁ。

16:00すぎ ようやく小降りになったところで、見切りをつけてホテルへ戻る。
予定より早く戻ってきた私を出迎えたのは、昨晩チェックインしたときのお姉さんで(実は15才の子供がいると判明。第一印象では30歳くらいかと思ってた…笑)、雨が急に降ってきちゃったからと事情を説明し、夜行列車の時間までもう少しここにいてもいい?と聞くと快く応じてくれた。
M0015015[1]

預けていたメインザックを受け取り、ロビーの隅っこをお借りして、雨仕様にするためにあれこれと荷造りする。
荷造りが完了すると、二人でロビーのテレビ見ながらお互いのことをカタコト英語でおしゃべり。
やがて、ちょっと会話が尽きてきたので、私が折り紙って知ってる?と彼女も誘って折り紙タイムに突入。
しかしまぁ、私もちゃんと折れるのが鶴しかなかったり、途中で箱を折ろうとして断念したり、それを彼女も一緒になってトライしてみたり、単語はよくわからないけど、指にはめてぱくぱくして遊ぶやつを二人とも知ってるけど折れなかったり、でも何回かチャレンジしてたら彼女がついに完成させて二人で大喜び&大爆笑したりで、なんだかとてもハートフルな時間を過ごさせてもらいました。
あ、そういえば紙飛行機大会もやったなぁ。
なんせ、そのときの詳しい模様は私の旅ノート4頁に及んでるくらい。(笑)
ホント、この旅での何度思い出しても楽しい思い出の一つ。
M0015016[1]


ペンション「ANA MARIA」オススメです!
M0014802[1]

そして、陽も傾いてきて雨もだいぶ収まってきたので、17:30ごろに彼女に見送られてホテルを出発。
せっかくルーマニア最後の夜なので、美味しいレストランで夕飯を食べてから列車に乗ろうかなと町の中心へ向かう。
手持ちレイもまだ余っていることだし。


で、思い切ってちゃんとしたレストランに入ったのが全ての元凶…。
旅ノート3頁に渡り、この旅最悪の出来事に対するグチと怒りの言葉を書き連ねることになるのです。



----------------------------------------------
えー、
どうでしょう、みなさん。
やっぱり書きますか?やめときませんか?
それでも何があったのか知りたいですか?


【つづく!?】

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2012/01/22 (Sun) いちばん東のヨーロッパ 【17日目】

2011/9/5(月) 晴れ 

【今日の備忘録】
・チケット買う
・増えた荷物を小包で送る
・残りのLei調整

8:00 目覚まし
8:37起床
昨日の夜遅くに洗って干してた洗濯物がバッチリ乾いてて朝からテンション上がる。
小さいことかもしれないが、洗濯ものが生乾きのまま取り込んで移動することほど微妙なことはないのである。
朝食はスーパーで買っておいたヨーグルトと昨日のクリスピークッキーで。
冷蔵庫があると乳製品摂れるから幸せ~。

10:00 パッキングも済ませ準備完了。
小包の件を宿の日本人オーナー氏に相談すると、専門の郵便局まで連れて行ってもらえることに。
すっかり中央郵便局から送れるものと思い込んでいたので、聞いてみて良かった。知ってる人以外にはわからないであろう住宅街のアーケードに位置している小さい郵便局だった。
送るパケット(専用の段ボール箱)も、2~3サイズ用意されており、日本の郵便局と同じようにその場でパケットを買ってそれで送ることもできるし、持ち込んだ段ボール箱などでも可。
私は例のウクライナで買った紙袋しか持ってなかったので、そこで中サイズのパケットを購入し、その場で荷物を移し替える。
職員のおばさんに軽量してもらい、オーナー氏に手伝ってもらいながら、なんとかルーマニア語だらけの申込書を記入し一緒に提出。
1.8kgで97.7Leiでした。高いけど想定範囲内か。

宿まで送ってもらい、チェックアウトして、また行きと同じく徒歩で駅へ。
ルーマニア滞在予定日数が残りわずかなので、Leiを残さないようこまめに両替しようと決めていて、途中の両替商で20ユーロだけ両替する。
商店で、今日の分の水と食糧(なぞのデニッシュ)を確保。

M0014693[1]
ブラショフ駅前の大通り。周辺はかなり近代的で、綺麗なビルのショッピングモールもあった。


11:40頃 ブラショフ駅到着。
さっそくチケット売り場へ。ルーマニアの先、ブルガリアのヴェリコ・タルノヴォまでのチケットが欲しかったが、直通はなくブカレスト経由でブルガリア入国後、手前のゴルナ駅で一度乗り換えが必要だそう。そこから先は現地購入と言われる。国際列車だからか、距離に比例した今までの値段よりかなり高かった。103.74Lei。また予算狂うな…。

12:30頃 入線していた列車に乗り込む。
首都ブカレスト行きなだけあって、列車はさらに最新型に。
エンジンがかかった途端、冷房が入ったことに感激する。おお文明!
なんだか北部と南部でタイムスリップしたように感じる。
M0014695[1]

12:55 定刻発車。
動き出すと途端に眠くなる…
列車内人間観察したり、ノートまとめたり、車窓からの風景を眺めて過ごす。
人生についてまた考える。

M0014699[1]

14:40 シナイアで下車。定刻より少し遅れたが今日はここで一泊する予定なので問題なし。
山岳リゾート地なだけあって、少し手前の駅あたりから車窓の目の前にそびえるカッコいい山々にドキドキしてしまった。自分のほかにも大きい荷物持った乗客がチラホラしたが、バックパッカーではなく登山客だったようだ。ちょっと雲行きが気になる。

さて、シナイア駅のホームに降りたった30秒後。
去っていく列車を見送らないうちに、すぐに平易な英語で声をかけてきた人がいた。
ちょっと身綺麗な40代くらいの女性で、民宿の客引きだった。
あくまで「民宿」なので、あたりはずれが大きいことがわかっていたが、その女性の雰囲気が悪くなかったからか、ちょっと付いて行ってみることに。
道中、家族のことなどいろいろおしゃべりする。48歳で、ミハイラという名前、17歳の息子さんがいるそう。
言い値がちょっと予算オーバーだったので、見てからダメだったらはっきり断ろうと心に決め、25分くらい歩いたのち、着いたのは町の外れのアパートでした。

M0014704[1]
案内してくれたお部屋はこんな感じ。あまりにもアパートの一室の間借りだったのと、トイレバス環境が共同で抵抗があったので一度は断ったものの、どんどん値下げして粘るので最終的に70で決着。泊まることになってしまった。なんかミハイラさんのキャラクターが憎めないんだもん。

M0014710[1]
「これからわたし美容院で綺麗になってくるわ」と笑顔のミハイラさん。
鍵の都合もあって、私はその間町を観光してくることにして二人で連れ立ってアパートを出発。


レッツ散策。
山岳リゾートで避暑地なので、別荘やペンションが立ち並んでいてまるで軽井沢のよう。
「空き部屋あります」の看板もよく見かけた。
それにしても建物のデザインが可愛いー。

M0014717[1]

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M0014722[1]

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そんなこんなで勝手気ままに歩いてたら、目当てのケーブルカーの本日の営業時間を過ぎてしまったらしい。
この看板を見ながらなんとなくそれを理解して来た道をトボトボ帰る。

M0014739[1]

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シナイア僧院へと続く小道
M0014758[1]

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17:45 メインストリートに面したステーキのレストランで夕飯。
お昼かんたんにしか食べてなかったのでお腹ぺこぺこだ…。
そして歩き疲れた…。

ピラフとラム肉とチャイを注文。
でもなんか…冷凍? どれもイマイチでした。
M0014786[1]

店内はとてもキレイなんだけど。
M0014787[1]

19:30 アパートに戻る。
私が迷子にならないように、何度も道を確認しつつ教えてくれたおかげで道順はばっちり大丈夫だった。
美容院で髪をボブに切ってはしゃいでいるミハイラさんと再会。

しかしここで問題が発生。
水がでないのよー、とミハイラさんが言う。
実はさっき出かける前も水道が使えなくて、どうしたのかしらと言っていた矢先、きっと少し経てば直ってるだろうから、という言葉で気楽に構えていたのだが、数時間たっても状況が変わらないとなると話が違ってくる。
明日の夜には夜行列車で長距離の移動そしてブルガリアへ入国する予定なので、今日ここでシャワーを浴びれないとなるとちょっと辛いのである。できれば体力を温存しておきたい一日なのだ。
そういう事情でないならば、たとえば山で一週間縦走してるのに比べたら、まあ一日くらいシャワー浴びれなくてもトイレが流れなくても、我慢できるのだけれど。

そのことをミハイラさんに伝えると、理解してくれた上で、近所の友達に断水状況を確認したり、どこか別のお宅でシャワーが借りれるかもなどといろいろ手立てを考えてくれる。彼女もせっかくのお客を引き留めたいので必死。それはわかる。でも確認したら他のアパートでは断水していなかった。どうやらこのアパートだけが不意に今日の昼過ぎから断水してしまったようだった。
そうなると、私としては同じお金を払う以上、別の快適なホテルに移るのが正当だというのが正直な気持ちである。
二人で拙い英語をひねくり回して一生懸命話し合って、20時まで待った。
他のホテルを探すのにも、陽が暮れて遅くでは危ないと思ったからそれが譲歩できるリミット。
でも状況は改善しなかった。
彼女の気持ちや立場もわかるし、彼女の責任じゃないのもわかる。
わたしはなんだか申し訳なくて、彼女もまたどうにもできなくてごめんねと言ってくれて、彼女に5Leiだけ渡してアパートを後にした。
ミハイラさんは、アパートの窓から、わたしが表通りに出るまでずっと見送って手を振ってくれた。
民宿には泊まれなかったけれど、駅でミハイラさんに付いて行ったことを私は後悔していない。

そして、ちょっと切ない気持ちになりながら、ああホテルどうしようと思って夕闇を歩くこと数分。
意外とすぐに見つけたところが予算内でとても綺麗でした。
部屋に入り、水やお湯が出る、ということを確認した瞬間、ありがたくてありがたくて思わず写真を撮りまくってしまいました。
M0014788[1]



ちょっと断水問題で疲れてしまったよ。
シャワー浴びて最低限の洗濯を済ませ、早めに就寝。22:30





------------------------------------
・宿代 95Lei
・旅代(食・交通・観光) 151.74Lei
・その他(配送料) 97.7Lei
------------------------------------
1Lei ≒27円



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アオネコ

  • Author:アオネコ
  • 金魚と暮らす日々。
    日常のとりとめもない話を気まぐれに更新しています。
    ただ今は丹頂の「蝶子」、らんちゅうのイチとナナ、2つの水槽と一緒です。
    いつになったら何か見つかるのだろうか。

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